地上最強の嫁と死亡事故
見ず知らずの人の最後を看取った。
既に地方紙の夕刊や朝日comで報じられている事故ではあるが、まさかあたしが関り合いになるとは全く思っていなかった。
久方ぶりに首○高でも走ろうとヒートギズモ君と仕事で疲れた体に鞭を打って、わざわざ来たのはいいもののやはり金曜特有の劇混みに加え、浜○橋の合流付近でのギア抜けというハプニングに遭遇したあたしは、ステップを踏み込む足が自分でもブルブル震えるのがわかって、ああこりゃ今日はもう駄目だ・・・と休憩しようと、赤坂STを抜けた後だった。
突如道路の流れが悪くなった。
高速道路で道路の流れが悪くなる=事故と考えても差し支えが無いから、恐らく事故だろうとのんびりかまえていたものの、一向に道が進む気配が無い。
すると後方から、ウチの細君より+400cc程大きなバイクがすり抜けて行ったので、あの巨体が動けるのであれば、あたしが動けない筈はなかろう・・・と判断し、クルマとクルマの間を擦り抜けて行くと、目の前に”それ”は現れた。
追い越し車線に転がる、黒いC※R
「うわああああああ!!!!」
車体を見た瞬間あたしは絶叫していた。
と、言うのも転がっている車体はヒートギズモ君が乗っている車体と色形が同じだったからだ。
もうこうなると、交通上の迷惑や法律等の考えはぶっ飛んでしまうもので、路肩に車体を停めて道路の上で動かなくなっているライダーに、名前を叫びながら駆け寄った。
視線を先に上げると、やや前方に停車している乗用車が見える。
まさかあのクルマとぶつかったのか?
事故を起こして何分経った?
救急車はまだか?
半ば混乱しかかっているあたしは何とか落ち着こうと動かないライダーを再び見る。
よく見るとヒートギズモ君とは服装が違う。
と、言う事は車種も・・・・・・確認すると果たして車種は排気量がワンクラス大きい兄弟車で別の物だった。
わずかに安堵を感じたが、次の瞬間我に返る。
先月も同じ首都○で同じ車種の死亡事故があった。
その際は、ライダーの肋骨がジャケットを突き破る程で手の施しようが無く、心肺蘇生も誰も行わなかったという話をあたしは思い出した。
このままでは、目の前に倒れている男性は死んでしまう。
そう思ったあたしは、意を決してヘルメットに手をかけたが、それを制止する声があった。
「素人が下手に触るな!」
恐らく野次馬の一人だろう。
特に何かをするわけでもなく、遠巻きから眺めているだけの人間に向かいあたしは言った。
”僕には目の前で死に掛けている人間に対して何もしないという事は出来ません、見込みがあるならばここで心肺蘇生処置を行うべきです!”
その言葉に対し、傍にいた中年の女性が口を開いた。
「私が到着した時には既に脈も意識もありませんでした。ですが・・・」
何を生意気に・・・と思い、女性の方を見つめる。
「一人の医師として私もこのままというワケにはいきません」
すぐ傍を自動車が駆け抜ける騒音の中でも聞き取れる声で女性が言った。
成る程、ドクターであれば話が早い。
更に一緒に看護士の方もいらしたので、頚椎を押さえてもらい、ヘルメットを脱がす。
”ドクター、私が人工呼吸を行いますから心臓マッサージを”
1、2、3、4、5・・・慣れた手つきで肋骨が歪むのではないかという勢いで胸部を圧迫する。
そしてあたしは、血で溢れる口元に自身の口を押し付け息を大きく吐き出す。
口内に広がる生暖かい血の感触、そして抑えた鼻から吹き出て顔にかかるのは血・・・?
違う、血はこんなにピンク色じゃないしドロドロしていない。
それに噴出する白っぽい物は・・・・・脳だ!
これでも大学病院の研究室にいた身であるし、またこうなれば素人でも死んでいるのはわかる。
それでも何もしないというワケにはいかなかった。
口と鼻から溢れ出す血と脳漿を浴びながらひたすら人工呼吸を続けていると、いつしか野次馬の声も聞こえなくなった。
何分程経った頃だろうか、渋滞を押し分けやっと救急車がやって来た。
後は任せよう・・・あたしは僅かな疲労をそこでやっと感じた。
返り血と脳を浴びたあたしを見た高機はてっきりあたしが事故を起こした物と判断し、事情聴取を始めたが、一緒に作業をしたドクターと、停まって車両をどかしてくれたライダーのお陰で事なきを得た。
少し時間が経ち我に返ると、咄嗟の事であったとは言えども、二次感染の可能性の高い血液と脳漿を吸収してしまっている事が恐ろしくなりはじめ、このまま帰らずに比較的近所にある、自分の得意先のクリニックに検査を申し入れる事にし、しばらく休んでいると消防から携帯に連絡が入り、男性が収容された病院の名前を聞く事が出来た。
そこまでする義理は無いのだが、搬送先の病院に向かわずにはいられなかった。
死亡確認がされたのは事故発生から一時間経った午前3時47分だった。
カテゴリ : 地上最強のヨメ GSX-R1000